最初のスリランカ- ①

この話は、何度も帰国後のボランティア体験談として色々な場所でお話ししているので、すっかりこのブログでも書いていたかと思っていましたが、まだお話ししていなかったと気づきました。

今までとは、少し違った角度から書いてみようと思います。

JICAシニア海外ボランティアで、スリランカのコロンボ郊外のモラトゥア大学・建築学部内に新設されたデザインコースで2年間(後にプラス2年間)大学生たちにジュエリーの実習を教える機会を得ました。

JICAでは、派遣前の研修がありますので、実質的には3ヵ月程は今までの仕事から離れ、派遣地に向けたオリエンテーションや主に語学研修、文化、生活を事前に学びます。

私はそれまでそれほど長く仕事から離れたことがなかったので、ジュエリー作り(作業)をしないのは、訳のわからない不安とストレスがありました。

コロンボに渡ってからも語学研修があり、当時はスリランカの内戦は奇跡的に平和協定が守られていたので2度目の2年間と比較すると、自由さがありましたが、安全対策は必須でした。

私は、日本と違った環境は楽しめるタイプなので、大学生とのコミュニケーションや暮らしは楽しめましたが、仕事のスキルを伝達に来ているのに仕事ができないというのは何よりもいらいらすることでした。

その後、大学には予算が無く、施設も無かったので、まずは仕事ができる環境を整えるところから始まり、自分が納得できるような環境ができたのは、派遣期間完了の少し前という状態でした。

そんなことから我慢することが多く、最初私も悪気なく「発展途上国だから」と言っていましたし、日本は色々な意味で発展先進国と思っていました。

日本では、「発展途上国」という言葉を使いましたが。。今でも使っていますね?。。

経済的な水準を指す言葉なので、気分を害さない人も勿論いますが、

自国を発展途上国と言われて嬉しい人がいるでしょうか?

心情的なことだけではなく、今思うと、どこを、何を基準にそう言っているのかわからなくなります。経済成長だけで生活の豊かさは計れないと、住んでみて思いました。

発展にはそれぞれ時差があって、方向性も同じでないかもしれません。

ただ、その反面、住所を持てない人が存在していたり、毎日茶摘みをしても月に数百円の報酬で暮らしている人々もいます。すぐにでも改善して欲しい問題もありました。

生活の中で、日本人としては几帳面さや日本の時刻通りの電車など、誇れることは多くあることを改めて知りました。

それと同時に、スリランカの文化は深く、接していた学生たちの勉強意欲、マナーなど、日本とは違うかもしれないですが、洗練されているとも言えました。

今は、平和になり、コロンボはコスモポリタンで観光都市でもあります。

スリランカはその印象が少ないと思いますが、社会主義国(民主社会主義共和国)でして、教育、医療は基本的には無料です。

そういう暮らし安さ、社会的なシステムからみても、一概に発展途上とは言えないと思うのです。

いつもになく社会派なことを書いてみました。

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